平野紫耀の母親は元ヤンキーで美人で若い!顔写真や名前、母子家庭エピソードも公開!

『King&Prince』脱退し、新しい道を進み始めた平野紫耀さん。

平野紫耀さんといえば、イケメンなことに加えて、超人的な身体能力を持っていることが有名ですよね。

これからは体を使った出演が増えていくこと間違いなしですね。

今回はそんな運動神経抜群な平野紫耀さんの、美人な母親のプロフィールや写真、再婚や化粧品開発についての真相を詳しく調査していきます。

平野紫耀の母親の顔写真はどこで見られる?

平野紫耀さんの母親の顔写真ですが、公開はされていないようです。

流石に最大大手の事務所に所属しているタレントの家族の顔写真が公開されていたら大変なことになってしまいますよね。

ただ顔写真は見つかりませんでしたが、おそらく平野紫耀さんの母親がモデルをしていると思われる写真が見つかりました。

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こちらの写真は、平野紫耀さんの弟である平野莉玖さんのアパレルブランド「RKSRICKY」の新作商品の写真です。

写っている女性の手や首から1020代のモデルを起用しているわけではないと想像できるため、母親がモデルを担当しているのではないかと思われます。

とてもスタイルが良いお母様なのが伺えますね。

またモニタリングで平野紫耀さんが女装した際に、女装した自分が母親そっくりと言っていました。

平野紫耀さんほどの美形を産んだ母親ともなれば、相当美しいことは容易に想像できます。

平野紫耀の母親の名前や年齢は?

 

そんな美人でスタイルの良い平野紫耀さんの母親の名前は明らかになっており、「平野里奈」さんというそうです。

これは平野紫耀さんのファンが弟の莉玖さんについて調べていた際にたまたま見つけた情報で、平野家にホームステイに来ていた人のブログから発覚しました。

またこのブログに書かれている通り、平野家は愛知県名古屋市にある大森小学校に通っていたことがわかっています。

また母親の年齢に関しては、平野紫耀さんが2018年に出演した「踊る!さんま御殿」で40歳だと語っています。

平野紫耀さんの年齢から考えると、平野紫耀さんの母親は19歳の時に平野紫耀さんを産んでいることになります。

かなり早めの出産ですね。

平野紫耀の母親はフィリピン人なのか?

続いて、平野紫耀さんの母親がフィリピン人なのでは?という噂があります。

ただこれは、先ほどの平野家にホームステイしていた方がフィリピン国籍の方だったためこのような噂がたったようです。

実際に平野紫耀さんの母親がフィリピン人という確たる証拠はないため、噂レベルに過ぎないようです。

平野紫耀の母親は元ヤンキー?

平野紫耀さんの母親が元ヤンキーだったという噂があります。

これについては本当のようで、平野紫耀さん自ら番組で語っています。

平野紫耀さんは母親の趣味もあり、2歳の頃にはヒョウ柄の服を着させられていたり、幼少期から髪を染められていたとのこと。

 

このエピソードからも元ヤンであることがなんとなく伺えますね。

平野紫耀の母親は脳腫瘍を患った?

そんな元ヤンキーの平野紫耀さんの母親ですが、脳腫瘍を患っていた過去があるそうです。

これは平野紫耀さんが2016年に出演した舞台で本人の口から語られており、平野紫耀さんはその当時はとても苦しい状況だったと語っていました。

若くして産んでたくさんの苦労がある中で、病気を背負って育児をしていた姿を見てきたことが、平野紫耀さんが母親を大切にする理由なのかもしれませんね。

平野紫耀の母親は再婚して妹ができた?

平野紫耀さんの母親が再婚しており、妹ができたという噂がありますが、これは信憑生が高い噂のようです。

平野紫耀さんの弟の莉玖さんが2021年にインスタグラムで「今日は妹が遊びにきてくれました」と投稿しています。

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写真を見るに2歳くらいのようで、平野紫耀さんの母親が再婚した後にできた妹なのだと推測できます。

また、キンプリのライブに家族できている姿をファンの方が見たという投稿もあり、妹がいるという噂はかなり信憑生が高いようです。

平野紫耀の母親は化粧品開発で炎上した?

そんな新しい家族が増えた平野紫耀さんですが、母親が化粧品開発で炎上していたようです。

経緯としては、平野紫耀さんたちがキンプリから脱退することが報道されたくらいに弟の莉玖さんのインスタでこう投稿されています。

元々エステティシャンだった母が主となり、約1年前から、コスメの研究をし開発をしてきました‼️
様々な意見を出し合いやっと形になってきました👏

ついに来年、皆様のお手元に届けられそうです😊

参照:https://www.instagram.com/p/ClTTM7zvlZc/?utm_source=ig_web_copy_link

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脱退発表直後にコスメを発売するという発表を行ったことで、ファンたちから「平野紫耀さんの状況を考えていたらこのタイミングでの発表はあり得ない」「売名ではないか?」などとクレームが寄せられたため炎上となってしまいました。

確かに脱退で荒れている最中に、新商品の告知は印象悪く感じられる方も多いかもしれませんね。


ただ商品の発表情報は前々から告知するタイミングを決めているものなので、運悪くタイミングが被ってしまった可能性もあるのでなんともいえませんね。

平野紫耀の母子家庭エピソードとは?

平野紫耀さん一家は平野紫耀さんが3歳だった頃に、離婚されています。

そのため母子家庭で育った平野紫耀さんですが、とてもエネルギッシュな母親・里奈さんのおかげもあり元気いっぱいに育ちました。

平野家を昔から知っている方の証言がこのように語っていました。

「両親と紫耀くんの3人で住んでいました。お母さんもかわいい人だけど、お父さんがすごくイケメンで紫耀くんにそっくり。

仲はよかったんですけどね、弟が生まれた頃に両親が離婚したんですよ。

紫耀くんは3才だったかな。

そこから女手ひとつで子供2人を育てていました。

それでもいつもおしゃれでした。

子供にみじめな思いはさせたくないっていう、お母さんの考えがあったんじゃないかな。

周りがキャラクターがついた服を着ている2才くらいの頃から、紫耀くんはシャツにデニム、足元はブーツで決めていて。

ヒョウ柄の“つなぎ”なんかも着ていましたよ」

女手一つで育てながらも、子供にみじめな思いをさせないように努力をされていた姿を思うと、胸が締め付けられますね。

父親の記憶は無い

 

 

平野紫耀さんが2歳の時に両親が離婚しているということもあり、平野紫耀さんは実父である父親の記憶はないそうです。

そこから再婚して新しくできた父親は、ライブに顔を出している姿がファンたちに目撃されていることからもとても良好な関係を築けているようですね。

骨折は7回している

そんなパワフルな母親に目一杯愛情を注がれて育った平野紫耀さんですが、幼少期はとてもわんぱくだったようで、骨折を頻繁にしていたようです。

その骨折のエピソードを平野紫耀さん自身が番組でこう語っていました。

「なんか当たり前のことが許せなかったんですよ。なんか僕が歩いてても電柱が迫ってくるじゃないですか。そういうのもなんで僕が避けなきゃいけないのか分からなくて、思いっきりパンチして手を骨折したりとか。そういうのがちょいちょいありまして、最近はあんまりないんですけど、半年に1回くらいのペースでは骨折してましたね」

参照:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/08/24/kiji/20210824s00041000311000c.html

迫ってくる電柱を避けるのが嫌でパンチする。

中々常人では考えられない感覚ですね。

こういうところがスター性の源なのかもしれませんね。

そんなわんぱくな平野紫耀さんを見て母親の里奈さんは、「何事もチャレンジしていいよ」と受け入れていたそうです。

この教育のおかげで様々なことにチャレンジした結果、今のスター・平野紫耀が出来上がったのでしょうね。

5円チョコと間違えて5円玉を食べた

わんぱく少年だった平野紫耀さんですが、わんぱくなエピソードはこれだけではないようです。

小さい頃は5円玉を5円チョコと勘違いしてパクパク食べてしまい、病院に行くことになったこともあったとか。

平野紫耀さんが「今夜くらべてみました」に出演した際にこう語っています。

5円玉をよく食べてたんですよ、僕」と話し出した平野は、「壺みたいなやつがあって、みんなそこにお金を投資……じゃない貯金していくんですけど、子どもなんで手が入っちゃうんですよ。

で、その頃5円チョコとかがあったんで、多分それと勘違いして、ずっと5円玉をパクパク食べてて。

丸飲みして、病院に何回か連れて行かれて、レントゲンで5円玉見つかるみたいな」

かなり強烈なエピソードですよね。

パクパクとかなりの量を食べても体を壊さず、今も元気にしていることから体の強さが伺えます。

母親がヤンキーだった為「ママ」と呼ばなければならなかった

わんぱく盛りの平野紫耀さんでしたが、好き放題していたわけではない様子。

母親の里奈さんのことをしっかりと怖いと思っていたようです。

それは母親を呼ぶ際の呼び方で怒られた経験からだと本人が語っています。

夢があったみたいで、子どもにママって呼ばれるみたいな。

なんで、お母さんとかお袋って言うと、もうブチギレられるんですよ。

怒った時は、長い掃除機あるじゃないですか?

あれでフルスイングで殴られてました

平野紫耀さんのエピソードもかなり強烈ですが、母親の里奈さんのエピソードもかなり強烈ですよね。

この母親あってのこの子、という感じですね。

おふくろの味は唐揚げ

パワフルな育て方をされた平野紫耀さんですが、お袋の味は唐揚げとのこと。

唐揚げは唐揚げでも「しなしなの唐揚げ」がお袋の味だと、平野紫耀さんが語っています。

貧乏で、仕事で多忙だった里奈さんがなんとか用意してくれたご飯が、冷凍食品の唐揚げだったようで、幼少期はそれをレンジで温めて食べていたようです。

学校などに持っていくお弁当も「だいたいしなっしなのからあげとべっちょべちょの白米」だったと語っています。

ただ平野紫耀さんはそのしなしなの唐揚げが大好きだったと言っています。

母親の忙しさや、その裏にある愛情に気づいていたのでしょうね。

とても温かいエピソードですね。

クリスマスプレゼントはうまい棒

平野紫耀さんが中学生だった頃、クリスマスに「アクセサリーが欲しいです」と紙に書いて置いておいたそうです。

翌朝枕元を見てみると、置いてあったのはアクセサリー、ではなくうまい棒の50本入りだったとのこと。

アクセサリーとは似ても似つかないものですが、この一件に関して平野紫耀さんは母親を責めることはなく、素直にプレゼントを受け取ったそうです。

女性を守れる男になれとの教え

そんな強烈なエピソードを複数持つ平野紫耀さんですが、母親・里奈さんからの教えがとても印象的だと話題になっていました。

女性に対する優しさやリスペクトはどこからくるのか?という質問をインタビューでされた際に、平野紫耀さんがこう答えていました。

勉強はできなくてもいい。

その代わり、礼儀正しくて女の人を守れる男になりなさい」と言われて育ったんです。

女性の存在って偉大だなって思います。

だって、どの男性も必ず女性から生まれてくるわけですから。

体が大きくて力があっても、男性は女性を支える存在じゃなきゃいけないんだなと。

何となくそんなふうに感じながら大きくなりました。

今の平野紫耀さんを形作っていることがはっきりわかる教えですね。

とても苦労されて子育てをしながらも、子どもである平野紫耀さんをここまで正しく導いてくれた里奈さんに感謝ですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回は平野紫耀さんの母親・里奈さんのプロフィールや化粧品開発で炎上した件に加えて、平野家の様々な情報について調査しました。

スター性溢れる平野紫耀さんですが、幼少期はとても強烈な毎日を送っていたのですね。

母親である里奈さんの力強さを間近で見てきたからこそ、女性へのリスペクトや、今のように礼儀正しい人間性が育まれたのだと思います。

本当に母親は偉大ですね。

他人へのリスペクトを忘れないスター・平野紫耀さんの今後にこれからも期待していきましょう!

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